山 行 報 告
2012/12/30〜1/4   北ア・奥穂高岳         メンバ:大高ぁ、山本  記録:大高ぁ 


穂高岳山荘冬季小屋 冬季小屋入口 冬季小屋標識 冬季小屋より奥穂への登り口 冬季小屋内
出発準備



【コースタイム】

(12/30) 
6:00二俣川駅前=東名高速=大井松田IC=河口湖=御坂トンネル=甲府南IC=中央道=長野道=松本IC=松本駅前買い出し=十字路(モーニングカレー)=安房トンネル=12:30新穂高温泉駐車場(車中泊)

(12/31)
新穂高温泉駐車6:00―穂高牧場―白出沢8:00―涸沢岳西尾根―2400m付近11:30(テント泊)

(1/1)
2400m付近8:20―南稜合流―蒲田富士―ジャンクションピークークーロワールー涸沢岳―穂高岳山荘冬季小屋13:10(小屋泊)

(1/2) 
穂高岳山荘冬季小屋7:20−涸沢岳−穂高岳山荘冬季小屋8:00(小屋泊)                                                                                 
(1/3)
穂高岳山荘冬季小屋9:20−涸沢岳−クーロワール―ジャンクションピーク ―蒲田富士―南稜合流12:50―2400m付近13:30―白出沢14:30―穂高牧場―16:10新穂高温泉駐車場17:00=平湯温泉(ひらゆの森)=安房トンネル=松本で打ち上げ(車中泊) 
                                
(1/4) 松本7:00=松本IC=長野道=中央道=談合坂SA(朝食ビュッフェ)=相模湖IC=国道16号=二俣川駅前(解散)
 


【記 録】

       
(12/30)
 今年の冬の天候は、エルニーニョの終息や北極海の氷が溶けて大陸の北部に寒気が出来やすく寒冷な冬になるとのこと。確かに寒波がひっきりなしにやって来る。

 東北から北海道にかけてはかなりの降雪と気温の低下が見られる。また今回の山行でも何度か見舞われたが、二つ玉低気圧の通過が見られた。

 クリスマス寒波が来た年は、大抵年明けまで天気は荒れないのだが、今年はそうは行かない。クリスマス寒波の後、28日に低気圧が太平洋側を通過したと思ったら、30日には二つ玉低気圧が東北と関東沿岸を通過してまた寒気が押し寄せてきた。

 この二つ玉低気圧の影響で移動日の30日は風雨。一日中雨で、高度のある安房トンネルでも雨。出来れば白出沢出会いまで移動しておきたかったが、雨では動けない。移動している登山者も見受けたが、濡れたら後の行動に大きな支障が出る。昼から車の中で宴会となった。

(12/31)雪
 寒気が入り始めた。2400m付近まで行きたいので、暗い内に出発。

 穂高牧場ではテントが2張りあり、小屋も営業していた。トレースははっきりしており、ラッセルの心配はない。涸沢岳西尾根に入り順調に高度を稼ぐ。11月の偵察の時より歩きやすい。

 1800m付近で4張りのテント。2400m付近に13:30ころ到着。前後してラッセルした男女のペアーは、昨年の敗退から今年はもう少し上にテントを張るとのこと。 3時頃到着した2パーティーと3張りのテント。少ない。天気予報では明日は寒気が緩むとのこと。

(1/1)
 1日は天気予報通りとは行かず雪。しかし歩けないほどでは無いため、出発を8:20に遅らせる。2人組が先行してトレースをつけていく。残りのテントは様子見。途中テントを張った後がある。男女ペアーはピストンの予定なので天候が思わしくなく下山した。

 蒲田富士に出る。視界は最高で15m程度。もちろん穂高の全容は見渡せない。蒲田富士から滝谷側への北西尾根分岐までは先行のトレースが有り助かる。先行は撮影目的なので引き返すとのこと。

 視界がきかずに北西尾根に入り込むが下に滝谷を確認し、引き返してF沢のコルへ下る。F沢のコルにもテントは無く、いよいよクーロワールに取り付く。

 視界の効かない状況にひるむ私を尻目に、山本さんがリードしてぐいぐいと登る。雪は締まっていて雪崩の心配はない。クーロワールを登り切ると尾根沿いに岩稜歩き、意外と長い。相変わらず視界はほとんど無く、風も強まってきた。

 途中何カ所か古い目印の旗竿があり、ルートが間違いないことを確認しながらやっと涸沢岳の頂上に到着。強風と視界ゼロの中、穂高岳山荘冬季小屋めざして下る。

 かなり下るとヘリポートが見え、あらかじめ確認しておいた涸沢岳側にある入り口にたどり着く。入り口は完全に雪で埋もれていたが、入り口にスコップが備
えられていたため、簡単に掘り出せた。

 小屋の中はやはりだれもおらず、トイレの汚物の様子からも、小屋が閉鎖されてから泊まった人はいないのではないだろうか。小屋の中は天井に霜がついているものの暖かくかつトイレは中にあり、広くて快適。

 非常用の食料やガスも置かれていて安心した。山本さんは飛騨側からの強い風により右ほほに凍傷が出来る。リンパ液が漏れ始めたので透明フィルムで手当をする。

 私も下山後、鼻孔が凍傷になっていた。初めて透明フィルムが役立った。凍傷には有効。2人だけの小屋暮らしが最後まで続く。

(1/2)
 2日は頂上に行くぞと意気込んだものの、天気予報ははずれて低気圧の接近。その後寒気が入り冬型の気圧配置が強まるとの予報変化に下山を試みる。

 強烈な風と視界ゼロの中涸沢岳まで登るがすでに山本さんの鼻には3センチ程度のツララが出来ており、まぶたも凍りつき始めた。仕方なく小屋に戻る。

 幸いラジオはよく聞こえるので、箱根マラソンを聞きながらお酒を飲む。予備日が5日まであるが、西高東低が強まり、断続的に寒波がくるとのラジオの天気予報にチャンスを見つけて早く下山をすることにする。

 西穂の頂上近くでビバークしているパーティーの救出は、荒天のため明日に延期になったとの放送が入る。明神岳の遭難者救出も手間取っているようだ。auの携帯は通信できず。

(1/3)
 3日は天気予報では寒気の流入による西高東低の冬型の気圧配置。新潟や東北・北海道では大雪注意報。しかし寒気の吹き出しが北に偏っているため、下山を試みる。

 確かに前日の視界ゼロと強風に比べ、小屋から奥穂の登りの梯子が確認できる。ただし風は相変わらず強い。

 早朝冬季小屋の中では通じなかったauの携帯が入り口付近では通じ、現状と、一日下山が遅れても捜索依頼をしないようにメールを送る。これで一安心。あわてて下山しなくても大丈夫になった。

 9:20下山開始。視界は20m程度だが昨日よりはよい。涸沢岳から行きのかすかなトレースを頼りに下降。二カ所目の1,5m程度の岩の下降箇所からクーロワールと思われるところを山本さんが下降。

 しかし150mほど下降したところで視界が開けて右下にクーロワールを確認。かなり手前から下降を始めてしまったようだ。幸い右にトラバースが可能で300mくらい右下に下降してクーロワール下降点に到着。

 山本さんは前向きにかなりのスピードで下降していったが、私は恐ろしくてダブルアックスで後ろ向きに下降する。雪は15cmくらいの氷板があり雪崩る危険があった。

 クーロワールの下降点わかりにくく、目印が必要だ。後は蒲田富士の雪庇のみ。トレースは消えていて視界もほとんど無いため、一応ロープを着けて肩がらみ。山本さんが先行。

 25mくらい行ったところでやや雪屁に近づいていたので注意したかしないかの時、ボンという音とともに山本さんが視界から消える。幸いロープの弾性と雪の摩擦で止まる。埋まっているのでは無いかと急いでロープをたぐりながら行く。

 二重遭難に気をつけつつ近づくと、山本さんは雪屁の下にいた。靴の先端とロープで立っているとのこと。ロープを固定しプルージックで登り返してくる。初めてのことでいくつかのミスをした。

 まずザックを安全に固定しなかったこと。次に救助に行く前にロープを固定し忘れたこと。どちらも二重遭難になるミスだった。それにしてもロープでスタカットしておいてよかった。100mくらい滑落するところだった。

 トレースのない尾根を慎重に越え、蒲田富士の下りはフィックスに助けられながら下る。南稜直下で2400mのテント場には誰もいない。この後後半の土日を利用して登ってくる数パーティーとすれ違いながら下山。

 林道もトレースが残っていたため、順調に下山。積雪はさらに増えて1m近くになっていたので、トレースが無ければ林道途中で一泊になったであろう。事実、ロープウェー駅近くで吹雪きのためトレースが20mほど消えたが、それだけでラッセルが大変だった。

 車に戻って支度をしていると救急車が来た。どうやら西穂の遭難者を救助に来たようだ。

【まとめ】
 ラジオだけに頼った気象予報を、スマートフォンを使ってより多くの情報を取り入れる試みが必要であると感じた。ただし受信可能エリアや電池の消費量などの問題点を検証しなければならないが…。

 結果的に下山の翌日と翌々日は天候が回復し、待てば頂上を踏めた可能性が高い。しかしラジオの気象予報は断続的な寒波の襲来。より正確な気象予報の判断があればと感じた。

 しかしラジオだけの情報とつながりにくいauの携帯だけでは遭難騒ぎに発展する可能性があり下山せざるをえなかった。

 冬季小屋を利用で出来たこと。入り口は事前に確認しておくこと。(一人1泊1000円で後でお金を事務所へ郵送する。)。

 旗竿を持参し、ホワイトアウトでも迷う地点が確認できるようにしておくこと。

 凍傷対策。